愛を受け取ることの本質
\ 誰の為に頑張っていますか? /
「愛されるために頑張る」と「ただ愛される」
この2つの違いは、とても大きいです。
わたしたちは小さい頃から
「頑張れば褒めてもらえる」
「いい子にしていれば愛される」
と、教えられてきました。
(思い込んできたとも言えます)
そのため、知らず知らずのうちに
「愛されるには条件が必要だ」と大人になった今でも
潜在意識の奥深くには根付いてしまっていて
「もっと尽くさなきゃ」「相手に合わせなきゃ」
「弱さを見せちゃいけない」と
自分を削るように、つい頑張ってしまう。
親に対して、パートナーに対して
いろんな形で「愛されるための努力」をしたことが
講座の中でも、皆さんの言葉として上がってきていました。
でも、そこにあるのは本当の愛でしょうか?
「頑張る愛」は、不安を埋めようとする行為に近いもの。
自分の不足を相手で満たそうとして
「頑張っているわたし」なら
愛してもらえると信じている状態。
そのときの努力は、愛の循環というよりも
「失わないための努力」になってしまいます。
一方で「ただ愛される」とは
自分の存在そのものを受け入れることです。
弱さも欠点も、全部含めて
「それでもわたしは愛されていい」と許可すること。
この許可がなければ、どれだけ愛を差し出されても
受け取ることができません。
結局は「自分自身」が受け取っていないだけ。
まずは自分を愛することが先なんです。
過去のわたしは「わたしのこと好き?」
そんな風に毎日のように彼に質問していました。
今思うと、ずっと不安だったんだと思います。
自分を愛することができていないから
相手からの言葉で、安心を求めようとする。
でも、本来の愛は、何かをすることで得るものではなく
「ただ受け取っていいもの」だと知りました。
ここで誤解してはいけないのは
「頑張ること」が悪いわけではないということ。
努力は、誰かに愛されるためにするものではなく
自分の魂が成長したいから
自分を深く愛したいからするもの。
弱さと向き合うために努力を重ねることは
とても尊いプロセスだと、わたしは考えます
それは「愛されるため」ではなく
「すでに愛されている自分をもっと生かすため」
「頑張る愛」は、相手に認めてもらうことで
自分の存在価値を確認しようとする。
でも「ただ愛される愛」は相手に依存するのではなく
自分自身の全肯定から始まります
「何も足さなくても愛されていい」
と、自分に許可を出したときに
愛を受け取ることができるのだと思います♡
あなたの中にある光を
丸ごと愛してあげてくださいね!