愛されることに努力は必要ない
「愛されるためには、もっと頑張らないと」
気づけば、そんな言葉を自分にかけ続けていた時期がありました。
ちゃんとすること。期待に応えること。迷惑をかけないこと。
そんなふうに、“愛されるための努力”を
長いあいだ無意識に続けていた気がします。
みんな本当は、愛されたいと思っている。
大切にされたい。必要とされたい。認められたい。
だから、嫌われないように、怒られないように
空気を読んだり、本音を飲み込んだり💭
弱いところを見せないように頑張ってしまう。
わたし自身も、ちゃんとしている自分でいようとしてきました。
頑張っている自分。
期待に応えられる自分。
人に優しくできる自分。
そんな自分なら、愛される気がしていたから。
でも、どれだけ頑張っても
どこか苦しかった。
本当は疲れているのに
「大丈夫」と言ってしまう。
寂しいのに、平気なふりをしてしまう。
そうやって、少しずつ“本当の自分”を隠していたんです。
でもある時、気づきました。
本当の愛で繋がっているなら
そんなに頑張らなくてもいいのかもしれないって。
弱さを見せてもいい。
うまくできない日があってもいい。
甘えてもいい。頼ってもいい。
愛って、完璧な人にだけ与えられるものではなく、
ありのままの存在に流れているものなのかもしれません。
ヨガでも、力を入れ続けると
身体はどんどん硬くなっていきます。
本当に深まる時って、必要な力は使いながら、
余計な力を抜けた時。
人生も少し似ている気がします。
自分らしさを隠したまま誰かといることは、
本当はすごく苦しい。
そしてそれは、
相手にとっても苦しいことなのかもしれません。
本音が見えない関係は、どこか寂しさが残るから。
だから、もっと受け取っていい。
優しさも、愛情も、
「大丈夫だよ」という言葉も。
与えることばかり頑張って、
受け取ることを怖がっている人は、
本当に多いように感じます。
でも、愛されることに
本当は努力なんて必要ない。
何かができるから愛されるのではなく
存在そのものが愛されていい。
まずは
自分が自分に、
その許可を出してあげること。
「頑張らないと愛されない」
ではなく、
“私はそのままで、
愛を受け取っていい”
そんな感覚を、
少しずつ思い出していけますように。